未来のかけらを探して

3章・過ぎた時間と出会いと再会
―36話・混んでる道とクレープ屋―



お礼ももらってしまったプーレ達は、
ロビンの妹にせっかくだからしばらく居ていいと言われて、
その言葉に甘えさせてもらうこととなった。
彼女の太っ腹な好意は、やはり兄の知り合いに思わずめぐり合ったうれしさからなのだろう。
もちろん、元々の性格も多大に影響しているに違いないが。
「(坊や達、少しお話いい?)」
「あ、なーにぃ?」
ロビンの妹がちょっと席を外したのを見計らって、
くろっちの妻だというくろろが話しかけてきた。
「(今お話聞いてたんだけど、うちの人もロビンと一緒だったのよね?)」
「え?うん、そうだよ。」
「(別れる前までは元気にしてた?)」
「うん、元気だったよ。」
プーレがそう伝えると、くろろはほっと胸をなでおろしたように笑った。
「(そう。ありがとう。ロビンと一緒なら、きっと大丈夫だと思ってたけど……。
もうずっと会っていないから、少し心配だったの。)」
「何て言ってるんだ?」
「ずっと会ってないから心配だったけど、教えてくれてありがとうって。」
「そっかー、やっぱり旦那さんの事は心配なんだな。」
家族だもんなと、アルセスが同意した。
どこに居るか分からない夫の事はとても心配に違いない。
本当なら心配でいても立ってもいられないくらいかもしれないのに、
辛抱強く待っている彼女はとても気丈な女性と言っていいはずだ。
「でも、さみしくないのぉ?」
「(1人だったらね。でも、この子たちがいるから平気なのよ。)」
“うーむ、おふくろさんパワーか。”
エメラルドが本人に聞こえないようにぼやく。
言い方は色々気になるが、母は強しというのは本当のようだ。
子供達がいる以上、自分が途方にくれている場合ではないという点は、
くろろにとってはプラスに働いているだろう。
「そうなのぉ?すごい〜!」
「くろっちお兄ちゃん、早く帰ってこれるといいなぁ……。」
いつまでも奥さんだけだとかわいそうだと思って、プーレはそう呟いた。
自分も家族を探している身だから、身にしみるようだ。
「そうだよな〜……子供達だって、お父さんに会いたいだろうしさ。
見つけたら、家で奥さんと子供が待ってるって伝えとくよ。」
今は手がかりがないが、家から動けないくろろと違いプーレ達は行動が自由だ。
だからアルセスは、彼女にそう約束した。
「そうだね、くろっちお兄ちゃんもよろこぶヨ!」
「もし手がかり見つけたら、探さないとねぇ〜♪」
「(ありがとう。ところであなた達、今日の宿は大丈夫?)」
日が暮れてくると、この町のように大きな町は通り沿いの目立つ宿屋が軒並み塞がってくるから、
もうそろそろ予約に行かないと遅くなる頃だ。
「もう取ったからだいじょうぶだよ。ありがとう。」
“だが、そろそろ他の用事に行かないといけないんじゃないか?”
放っておくとダラダラ長居をして、迷惑をかけてしまわないかと案じたらしく、
ルビーがさりげなく声をかけてきた。
「あっ、そっか。」
「(もう行くの?)」
「うん。くろろさん、また今度ね。」
『ばいばーい!』
「(さようなら。気をつけてね。)」
こうしてロビンの実家の庭を後にした一行は、今度は町の広場にやってきた。
さすがに一国の首都とあって、とても広くてにぎやかだ。
ぐるりと囲むように建物がひしめき道が延びているが、
きちんと街づくりの段階で区画が整理されているのか、その辺りに雑然とした印象はない。
ただ、人混みが苦手だったら人酔いしそうだ。
「どこ行くのぉ?」
あちこち目移りしながら、きょろきょろと顔をめぐらせてエルンが聞く。
「うーん、せっかくだからロビンのおうちのお店に行こうと思ったけど……。
どういうお店かよくわかんないし。」
“さっきも少し言ったが、一般的には小売りがない問屋なんかだろうな。
あちこちから商品を買い付けて、他の店がそこから自分の店の商品を買うってわけだ。”
『??』
“……まぁ、とにかく普通の客には関係ない店だ。”
遅ればせながら補足説明を入れても、基礎知識が足りないとやっぱり分かりにくいらしい。
いつか分かる日が来ればいい位に思って、
ここは片付けてしまうべきだろうか。
“それにしてもさー、ロビンの家相当儲かってるよなあれ。”
“一代かどうかは分からないが、あれだけの豪邸となるとな。”
ひそひそと石同士だけで、ロビンの家についての考察を深めてみる。
「とりあえずなんか食べようヨー。」
「おなかすいたの?」
「ンー、何かいいニオイするシ。」
確かに言われて見れば、パササが向いている方向から香ばしくて甘いにおいがする。
もしかすると、屋台で何か甘いものを作っているのかもしれない。
ここでしか食べられないようなものならよりお得だなとか、
お菓子に負けないくらい甘いことを考えながらにおいの元にふらふら近づいていく。
するとそこには、広場の人だかりの原因1といっていいくらい人がたかっていた。
「うわっ……すごいなー。そんなにうまいもの売ってるのかな?」
「きっとそうだよぉ〜♪」
「並んじゃう?……でも、どこが最後尾か見えないや。」
屋台のひさし以外に見えないくらい人が並んでしまっているので、
背が低いプーレにはどこまでが行列かよく分からない。
近くを通るだけの人も居るからなおさらだ。
もっとも、そこはメンバーで一番背の高いアルセスがちゃんと探してくれたので、
5分も経たないうちに最後尾を発見して並ぶことが出来た。
「早く進まないかな?」
“思ったよりは並んでなかったみたいだな。”
“そーそー。よく見たら周りでたむろって食ってるだけくさいぞ。”
エメラルドがチラッと自分が見た印象を付け加える。
言われて見ればなるほど、確かに屋台で買ったと思われる物を食べている。
“それは混むな。確かに。”
周りで立ち食いすれば、いくら広場が広くても固まっているのだから混んで当然だ。
歩きながらでも食べられるからだろうが、通りたいだけの人にはさぞ邪魔だろう。
「おいしそ〜……。」
列が進んできてやっと屋台の台が見えてくると、
作っている様子が観察できるようになってきた。
何を作っているのだろうと思っていたのだが、どうやら中が見えないクレープのようなものらしい。
炒めたリンゴなどの果物を、ぱっぱと手早くクレープ生地に包んでいる。
奇をてらっているわけでもないし、これはかなりおいしそうだ。
「うっわ〜、色々入ってるみたいだね。」
「お肉入ってないからプーレもだいじょうぶダヨ。」
「バターで炒めた果物と肉が一緒ってのも、ちょっと嫌だな……。」
パササが大丈夫といってくれること自体は嬉しいが、
うっかり果物と肉の炒めが入ったクレープを想像した瞬間に複雑な気持ちだ。
ともかくさらにしばらく待っていると順番が回ってきたので、さっそく人数分頼む。
「お兄さん、4つ頼むよ。」
「はいよ。400ギルね。」
アルセスがお代をきっちり払うと、手際よく店主の青年が作って渡してくれた。
ここまでくると大して待たされない辺り、なかなか客に親切な屋台だ。
「おいしそぉ〜♪」
「熱いからやけどには気をつけてくれよな!」
店主が親切に注意してくれたが、ちゃんと聞いてるのか心配なくらいのいい匂いだ。
ちょうど小腹も空いたし、甘くて香ばしい匂いしかもう頭に入らない。
周囲の先客に習って、屋台の側でさっそく立ち食いとしゃれ込んだ。
「オイシイー!」
「おいおい、声大きいって。」
おいしさで感動したのは分かるが、迷惑になるしあまり騒ぐことでもない。
「ムー、おかたいぞアルセスー。」
「そういう問題じゃないと思うよ……。」
おとなしく食べていればいいのにとプーレは考えるが、
年頃を考えれば食べ物ひとつにも騒げるパササの方が普通かもしれない。
「あついからいっぺんに食べれないけど、おいしいねぇ〜。」
“あ、お前らが珍しくゆっくり食ってる。”
(うっさい、この馬鹿石……!!)
町中だから大声で反論も出来ず、小声に恨みを100倍こめてパササが呟いた。
相手が生き物なら殴りたいと常々彼は思うが、
こういう時に無機物相手というのは非常に恨めしい。
「ところで明日はどうしよっか?」
「今から決めるノー?」
食べる事にどれだけ集中したいんだとつっこみたいが、
多分エメラルドが茶々を入れたせいで機嫌が斜めだからだろう。
「うーん……後がいいんなら、別にいいよ?」
「じゃあ後がイイ。」
パササは即答だった。いっそ清々しい態度だ。
もっともプーレも無理にこの場で決めるつもりはサラサラなかったので、別に構わないが。
「うーん、エルンじゃないけど……ほんとに熱々でいっぺんに食べにくいや。」
「うっかりすると中身がこぼれるから、気をつけろよ?」
「もうおそいヨー!」
アルセスがプーレに注意を促した横から、失敗者の叫びが響いた。
「あ……やっちゃったんだ、パササ。」
“慌てて食べるからだぞ……。”
ルビーもため息ものだった。
食べ物は逃げやしないのだし、
クレープのように中身がこぼれやすいものは注意することを優先すればよかったのだ。
「いいや、なめちゃえばいいヨー。」
「あーあ……。」
服にこぼれた分まですくってなめても、べたべたはべたべたな気がするのだが、
それは彼にとって、後で洗えばいいや位の問題でしかないらしい。
それにしたってしばらくは、不快な状態のままうろつく羽目になるが。
「あ〜……明日かー。」
「アルセスどうしたのぉ?」
「んー、何となくだよ。」
慌しいというか、旅をしていると変化はめまぐるしいものがある。
時々は今日がもう終わって、すぐに明日の事かと言う気にもなるのだろうか。
もっとも子供のプーレ達に、10以上年上のアルセスの気持ちは量りがたい部分もあるが。
その後、程なく買ったクレープを食べ終わった彼らは、また別の場所に歩いていった。


―町外れ―
広場とは打って変わって静かな町の外れ。
町を囲む高い城壁沿いに植えられた木々の枝葉が、風でこすれる音さえはっきりと聞こえるほどだ。
「ふ〜っ……やっと一息つけた。」
「なんか疲れちゃったかも……。」
“人に酔ったんだな。まあ、あれだけの人手だったから仕方がないか。”
バロンは元々、トロイアとダムシアンに挟まれた位置にあるから、
特に陸路では交通の要衝として昔から機能している。
海運も、技術力が高い国ゆえに早くから大きな港が整備され、大規模な貨物船の出入りが絶えない。
その規模は、商業国家であるダムシアンに勝るとも劣らない程だ。
もちろん空運は言わずもがな。
物が集まるところには人も集まるから、当然バロンの首都であるここは人口が多く密度も高い。
「人ごみにはなれたと思ったのにネー。」
「ねぇ〜。」
パササもエルンも人間は得意な方なのに、さすがにぐったりした様子だ。
人に酔うとはよく言ったものだが、これは結構な悪酔いかもしれない。
途中で通った道の混雑が半端でなかったせいだ。
人を掻き分けてきたというのがぴったりで、アルセスが前を行って道を開けてくれても潰れかけた。
「この国の町って、どこもほかより人がたくさんいるのかな?」
“どこも、ってわけじゃないと思うぞー。
ここ位で、後はよそのでかい国とどっこいどっこいだな。”
ここ数年この国の全土を直接見ているわけではなくても、エメラルドは堂々と言い切る。
確かに、国中に満遍なく人が住んでいるところなんてないから、
その一般論はここでだってちゃんと通るだろう。
しかしこういう先進技術に溢れた国でも、やっぱり田舎はのどかなのだろうか。
「ふーん、そうなんダ。」
「ちょっとだけ行ってみたいかも。今ならね。」
パササは疲れたせいか興味が全くなさそうだが、
プーレは逆にそういうところでのんびりしたいと思った。
都会のリズム以前に、密集率は凄まじくてついていけない。
「ところで、あっちこっち行ったけど……なかなか見つからないね。」
「探し物のこと?」
「うん。ルビーたちの仲間とか、お兄ちゃんもだけどね。」
探し物を求めてあちこち旅して結構になる気がするが、
思えばちゃんと手がかりをつかめたとか成果があったとか、そういう事はとんとない。
見聞は広まるが、いまいち進展がないのだ。
サファイアをシェリルに預けているから、
手元に前進したと感じさせてくれるメンバーが居ないのも原因かも知れないが。
「あと3個、見つかるのかなぁ〜……。」
退屈そうに足をばたつかせながら、エルンは首を左右に傾ける。
濃い桃色の髪もそのたびに揺れていた。
「わかんないヨー。」
大体ろくな手がかりもないのに、見つかるかどうかなんて可能性自体が検討もつかない。
そもそも行き当たりばったりだから、まともに情報収集しろという事なのだろうが。
「だよねえ……。」
“まーまー。ここは気分転換に、明日は城にでも行ってみれば?
面白い話の1つや2つあるって。”
エメラルドが軽く提案する。
多分、面白い話目当てなのは彼自身だろう。
「噂かー……。行ったことなんてないし、面白そうかもな。」
“そりゃそうだ。普通入れないしー。”
“だったらここも入れないかもしれないとか、そういう考えはお前には無いのか?”
もちろんそんな事を考えているわけはないだろう。
足で動くのは自分ではなくプーレ達なのだから、
例え無駄足でも運ばれていればいい自分には徒労感は限りなく薄そうだ。
「ルビーもこういってるしさー、エメラルドの言うことはどーでもいいヨ。」
“少年ー、ここ一応町中でーす。名前出さないで下さーい。”
「〜〜〜!!」
「わっ、パササ!怒っちゃだめだよ!怒ったら負けだよ?!」
彼が思わず袋を掴んだものだから、その手をあわててプーレが押さえた。
煽る方も煽る方だが、暴れられるのはもっと困る。
エメラルドしか袋の中に入っていないならいいが、
もし投げられたら一部のアイテムがぐちゃぐちゃボロボロの大惨事確定だ。
「うう〜〜……!!」
一応止められて少しは衝動が収まったらしいが、
そのせいでパササのフラストレーションはむしろ悪化したようだ。
休憩が休憩にならなくなった。
そんな気がしてきたのは、多分プーレだけではないに違いない。



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いつもより時間かかった割りに話が進んでない典型……ああ我ながら悲しいです。
ちゃんと次では目的地を決定させないと、読者の前にプーレ達が切れちゃいますね。
でも、銀の風との時系列の関係の計算が先立ったりもします。
難しいですが、一度遭遇したところを起点にちゃんとやらないとグダグダになるので、
きちんとできるように最大限努力します。